心を動かすプレゼンテーションテーション作成のために
関西大学大学院 外国語教育研究科 宮下 陽帆
はじめに
心を動かすプレゼンテーションを行うためには何が必要であるのか。また、そのようなプレゼンテーションを作り上げていったチームは、作成段階においてどのようなことを行っていたのか。これまでの審査員経験といくつかのチームのプレゼンテーションの作成過程を観察したまとめとして、私の所感を述べたい。
心を動かすためには
ASEP 2013の“Unsung Hero”というテーマを例に挙げると、ある人物の生涯を調べて、それを紹介するような形で発表しただけでは、どれだけ英語が流暢で、その見せ方やスライドに工夫があっても、聴衆の心にあまり響かなかったようである。人の心を動かすためには、まず自分の心が動いていなければならない。私が思うに心を動かすプレゼンテーションを行うために最も重要なことは、まず発表者自身が「聴衆に伝えたい」と思えるものを持っているかどうかではないだろうか。
では、そのような「伝えたい気持ち」はどこから生まれて来るのか。それはチーム内の仲間と切磋琢磨し、どれだけテーマと向き合い、スクリプトに使用する言葉を自分のものとして深く突き詰めて、吸収したのかによる。本番までにそれができた発表者は、本番を「不安の緊張」から「楽しみの緊張」へと変えることができ、声に伝えたい気持ちが宿り、聴衆はそれをメッセージとして受け止め、心が動かされたのである。では、それができたチームはどのように話し合いを進めていたのだろうか。
「伝えたい気持ち」を高めるための言語行動
私がプレゼンテーション作成段階を観察したチームの中で、伝えたい気持ちが高いと思われたチームによく見られた言語行動が二つあった。一つ目は、“Why?”の繰り返しである。これは出てきたアイデアや意見について“Why?”、そしてその後出た意見に対しても“Why?”、さらに出した答えに対しても“Why?” と突き詰め、何度もその理由を問う言語行動である。もうひとつは、全体共有のための理解確認である。ある程度意見が出揃った後に、”So, you mean〜”, “〜, right?”, “like〜?” (〜ようなもの) などを使って、これから共有すべき内容の理解が正しいかどうかを確認する行動である。この“Why?”の繰り返しと全体共有のための理解確認によって、チーム全体で問題の本質が明らかにされ、発表する内容と自分自身の気持ちにつながりを感じ、伝えたいという気持ちが高まると思われる。
しかし、事後アンケートやレポートから見るに、「伝えたい気持ち」が高まっていなかったと思われるチームも上記のような言語行動を目指していたようである。では、そうできなかった理由は何故なのか。
タイム・マネジメント
その原因として、当然のことながら個々の語学力や各学校の事情は関連していると思われるが、観察とアンケートによりもう一つの問題が見えてきた。それは「時間」という現実的な問題である。
ASEPでは発表の日までに、意見の融合、原稿の作成、スライドの準備、プレゼンテーションの練習、それに加え出席すべき会やホスト家族との交流の時間もあり、限られた時間の中でプレゼンテーションを作成しなければならない。現実として、ASEPのスケジュールは非常に「忙しい」のである。「忙しい」という漢字は「心を亡くす」と書くことからも分かるように、人は時間に追われはじめると、人に対する配慮の気持ちや自分のこだわりを失ってしまうのではないだろうか。このことから心を亡くさないようにタイム・マネジメントを工夫するということは、伝えたい気持ちが生まれるようなプレゼンテーションを完成させる上で非常に重要な要素であると思われる。
私はあるチームがプレゼンテーションを完成させるまでに行われた談話に注目し観察を行った。そこで見られた時間を多く費やしてしまう談話の特徴として、話の脱線、話のループ(同じ話を何度もする)、沈黙、秩序なく一人が長く発言することなどがあると発見した。では、上記のようなことが少なく、比較的にタイム・マネジメントに成功したと思われたチームはどのようなことを行っていたのだろうか。
下記に三つ挙げて紹介する。
1) 残り時間は見えるように工夫されている。
何をいつまでに行うかを口頭ではなく、ボードなどに目に見える形で書く。
2) タイムキーパーを一人作っている。
作成のためのミーティング中、時間をコントロールする役割をする人がメンバーの中にいる。
3) Backward
design によって、スライドが作成されている。
3)について、補足説明を行う。Backward designとはゴールから逆算して物事を考えるということで、プレゼンテーション作りに関して言えば結論に使うスライドを先に完成させるということである。ゴールのない状態で話し合いを進めていくと、様々な意見や話題に影響されてしまい、話が上手くまとまらず、結果的に時間を多く費やしてしまう。それに対して、結論のスライドを作成した上で話し合いを始めたチームは、目指すべきゴールが設定されているので、話のぶれが少なくなり、ループや脱線などに陥りそうになっても、すぐに元の議題に戻る。
タイム・マネジメントを工夫するということは、一見プレゼンテーションの本質とは直接関係のないようであるが、実際のところ、参加者間の人間関係の構築、内容の作成、発表の見せ方、スクリプトの練習などすべての要素に関わりがある。限られた時間を効率良く使うということで、プレゼンテーションを深く突き詰めたり、自分のものとして吸収したりすることができる。どのようにタイム・マネジメントを行うかが、伝えたい気持ちを生み出すと言っても過言ではないかもしれない。
最後に
今回、私は心を動かすプレゼンテーションを作るために、まず発表者自身が伝えたい気持ちを高めること、そのためには”Why?”と理解確認により内容を突き詰めること、そしてそのような議論を展開するために時間という現実的な問題を乗り換えるタイム・マネジメントという工夫にまで配慮が必要であることを述べた。
ASEPとは、少なくとも単なる英語能力やプレゼンのテクニックを競うところに重点が置かれた大会ではないと私は理解している。異なる思想や文化を超えて、英語というツールを使いながら共有される普遍の価値を探求する場である。そして、そこで自分には自分にしか伝えられない言葉があると発見することにこそ本当の価値があるのではないだろうか。今後もそのようなASEPの発表者と心動かされる対話を楽しみながら、新しい価値観の発見を共に学び合いたい。