7.共同プレゼンテーション作成の手順と展開
ここでは、福井商業高等学校と台湾の高校との共同プレゼンテーション作成過程を例に取りながら、他国の生徒とプレゼンテーションを共同作成させる場合に考慮すべき点について挙げていきます。
7.1 インストラクターの指導コンセンサス作り
インストラクター間でさえ国によって考え方に違いがあり、指導の仕方も一貫していません。インストラクター間でどれだけ綿密な指導のコンセンサスを作れるかが共同プレゼンテーション成功の鍵となります。
<共同プレゼンテーションの教育的目標>
生徒に何をどのように学ばせるか、インストラクター間でコンセンサスを作っておかないと具体的な指示がばらばらになり、生徒が戸惑ってしまいます。今回のASEPでは、グループ内の生徒同士で議論をさせることが1つの達成すべき目標の1つでしたので、メーリングリストを最大限に利用して生徒のやり取りを活発にさせること、生徒の意見交換を観察し尊重しながら、必要な箇所で助言を加えていくことなどを台湾のインストラクターの先生方と事前に確認をしました。
<プレゼンテーションのテーマの定義>
以前、テーマについての定義を曖昧にしたために、相互理解のないまま準備を進めてしまい、最終段階になって生徒同士にお互いに気まずい思いをさせてしまったことがありました。テーマの定義はプレゼンテーションにおける最も重要な確認項目の1つです。通常、与えられたテーマは抽象的で大きいな範囲を示す場合が多く、高校生に考えさせても一般的な結論しか導き出せないものもあります。本校が他国の学校とプレゼンテーションをする場合、高校生と言う視点からの高校生らしい結論を導き出せるような具体的なテーマまで絞り込ませていきます。生徒に議論をさせる前に、生徒がどのようなテーマを挙げてくるかインストラクター間で、予測しておく必要がありました。
<プレゼンテーションの形式>
共同制作する場合、プレゼンテーションの構成にはいくつかのパターンがあります。1つは、はじめにテーマに関する全体像を示し、それぞれの国で論を展開しそれぞれに結論を出す形式です。(図1)一旦、全体像が決まってしまえば、役割分担は各国任せになるので作業は簡単です。しかし、互いに論点の展開に注意しないと、聞き手にとってばらばらのプレゼンテーションに写ります。もう1つは、図1から発展させて、各国で論を展開しますが、1つの結論を導こうとするものです。(図2)準備作業は各国で進められますが、準備を始める前に序論と結論についてしっかりした議論が必要となります。最後に、通常のスピーチと同じ形式です。(図3)作業前、作業中と常に意見交換が必要で難易度も高いですが、共同制作としては最も完成度の高い展開方法と言えるでしょう。
参加校の数や準備に使える期間等を考慮し、かつテーマに沿うようにどの形式を採用するか検討します。今回のASEPでの福井商業高校が参加したグループは、四日市西高校と台湾の高校3校が参加しており、まずは日本側で十分協議を重ねてから、台湾側に形式の提案をしました。
<具体的な作成手順>
次のような流れで作業を進める計画を立てました。
1)聞き手に対するメッセージの決定(プレゼンテーションを通じて何を伝えるか) → 2)プレゼンテーションの構成決定 → 3)役割分担 → 4)パワーポイントシート及びスピーチの作成 → 5)1つのファイルにまとめる → 6)デザイン・フォント・アニメーション効果の統一 → 7)各校での練習 → 8)台湾での合同リハーサル
経験的にですが、メッセージとプレゼンテーション構成についてかなりの時間をかけて議論させた方が、後々の作業がスムーズに進みます。また、それぞれのパワーポイントシートを別々に作成させる場合、シートデザイン、フォントはデフォルトのものを使用するように指示しました。アニメーションも途中の製作段階では付けません。グラフを挿入する場合のグラフのフォーマットも事前に決めておきました。これらはシートを集めて1つのファイルにした時に全体の統一感が出るように後で整えるようにしました。
<作業計画>
学校の予定は国々によって異なります。今回は日本と台湾の期末考査期間が異なり、同時に作業をスタートする時間がかなり遅れました。上記のような具体的な作業手順に従って、いくつかのチェックポイントを作り、常に作業の進捗状況を把握できる状態を作るように努力しました。
7.2 意見交換のためのメディア
インストラクター間で上記の内容を確認する場合と生徒にプレゼンテーションを共同制作させる場合に、次のようなメディアを利用しました。
<Eメール・メーリングリスト>
個人間のEメールも便利ですが、プレゼンテーションを共同制作する場合は情報の共有化が大切です。従って個人間でEメールのやり取りをする場合もCCで関係する人に送信しました。今回は、メーリングリストを使って生徒に議論をさせようと試みましたので、指導のコンセンサス作りのためにインストラクター間のメールだけでも80通程度はやりとりしていたと思います。生徒に作業を進めさせるときはメーリングリストを活用しました。インストラクター・生徒全員が全てのやり取りを把握できるようにしました。今回は小松商業高校の林先生の作られたメーリングリストを活用させていただきました。このメーリングリストの優れている点は、アーカイブ機能があり過去のやり取りなど確認がしやすく、他のグループの進捗状況も確認することができました。また作成途中のデータのやり取りなどは、Yahooのメーリングリストを作成し添付してファイルを全員が共有できるようにしました。最近のファイルはサイズが大きくなりがちで簡単に添付容量を超えてしまいます。ファイル転送・保存等の共有化については、今後の課題であると思いました。
<テレビ会議・Skype>
文字媒体ではやり取りに時間がかかるので、音声媒体でやり取りをしたい場合はテレビ会議が有効でした。自宅でやり取りをする場合は無料通信ソフトウェアであるSkypeがとても便利でした。(http://www.skype.com/intl/ja/index.html)一度に4人が参加することができ、チャット機能やファイル転送機能も付いています。
<Face to Faceの作業>
オンライン上のやり取りは便利で有効ですが、実際に面と向かってやり取りをする場面も重要です。高雄に全員集まるまでに、秒単位で決めた細かなプロットに従って各校で練習をしました。プレゼンテーションファイルは1つになっていても、実際に最初から最後まで通して発表の練習をしてみると、計画したようにうまくいかないものです。高雄では本番前に全員が集まって、シートを切り替えるタイミングやスピーチの早さなど、時間内で収まるように努力をしました。オンラインでは必要最低限の情報のみですが、やはりFace to Faceのコミュニケーションは生徒間の仲間意識も深まり、メンタルな面においても共同作業をしていると言う意識を持たせることができました。福井商業が参加したグループは台湾のメイン・インストラクターが生徒に前面で助言するようにしました。本番前に他のインストラクターのいくつもの違った言い方をすると、生徒は混乱をします。この混乱を避けるために、メイン・インストラクターと事前にコンセンサスを取った上で本番直前の指導をお願いしました。結果的に生徒は集中することができたようです。
7.3 インストラクターのあり方
インストラクターのあり方は生徒の準備の良し悪しを決定する大きな要素の1つであると思います。次の点について常に注意を払うと良いでしょう。
・常に作業状態を把握し1歩先を読み、次の展開と指示を考えておく。
・他のインストラクターと連絡を常に取り合う。
・チームとして取り組む姿勢を生徒に持たせる。
・指示はシンプルに的確に。複雑な指示をしすぎると生徒は戸惑う。
・生徒の議論を活性化するように肯定的なコメントを与える。
・主役は常に生徒であり、インストラクターは舞台裏からのサポーターであることを自覚しておく。
7.4 従来のプレゼンテーションと比較して
これまでのASEPは1校による単独発表、もしくは国の違う2校による共同発表が中心でした。しかし、今年のASEPでは国際間の生徒のやり取りにより重点を置き、2校以上のグループによる発表となりました。共同プレゼンテーション作成の手順と展開において、次のような変化が見られました。
・ 指導のコンセンサス作りのため、インストラクター間の事前のやり取りがかなり増えた。
・従来の準備作業の時よりも、生徒はより頻繁に相手側と英語で連絡を取る場面が増えた。
・上記の理由により、結果的に教員・生徒ともに英語を使う機会がかなり増えた。
・意見交換や作業ファイルのやり取り等、教員も生徒もEメール以外にもTV会議、チャット、音声通信(Skype)等々、ICTを使う機会がかなり多くなった。
7.5 教員の英語運用能力について
他国と共同制作をする場合、インストラクターを担当する教員は基本的に英語を使ってのやり取りとなります。国際交流においては、英語科の教員も英語科でない教員も関係ありません。そこに英語を使ってコミュニケーションをとる必要性があります。でなければ仕事を進めていけません。
英語科の教員にとっては、インストラクターとのやりとりやASEPのいろいろな場面で英語が世界とコミュニケーションをとるためのツールであることを実感できます。いかに狭い視野のもとで自分が英語を教えてきたかを認識するかもしれません。英語の教員はもっと世界を見ることが大切だと思います。その時に、英語科教員としての自分の使命を理解することができるのではないでしょうか。英語を教えているのですから、自分の英語運用力を常に磨き、より高度に正確にコミュニケーションを取りたいものです。
また、英語科の教員ではないから英語が苦手だと思う必要はないと思います。現にASEPやWYMにおいて、その必要性から英語を使い始め、十分にコミュニケーションをとれる先生方が増えてきています。他国の人が片言の日本語で一生懸命に何かを伝えようとしている時に、私たちは親身になって耳を傾けます。Vice versa(逆もまた真なり)で、たとえ英語が不十分であっても一生懸命何かを伝えようとすれば、必ず耳を傾けてもらえます。
ただし、より正確に相手を理解し自分のことを伝えきちんと仕事を進めていこうとするならば、ある程度の英語運用力は必要です。私は、まずは無理をしないで中学校3年生までのレベルを目指してみると良いのではないかと思います。文法的には高校で学習する文法事項のほとんどは中学校での既習文法事項への上乗せです。初めは短い文章でもいいです。語彙は常に辞書を引くようにしていくと、必要性とともに増えていくでしょう。要は場数をどれだけ踏むかではないでしょうか。WYMやASEPでのプレゼンテーション共同制作では、英語の「必要性」を避けて通ることはできません。この必要性こそが、言語習得の動機付けの大きな要素の1つであると思います。
7.6 研修の場として
ASEPやWYMの共同プレゼンテーションにインストラクターとして参加することは自己研修の場となります。実際に指導すべき生徒を抱え、各国との英語でのやり取り、ICTの活用等、その場で対応を要求されるような場面に次々と取り組んでいかなくてはなりません。これはまさにOJT(On-the-job Training)です。特にこれからの可能性を秘めた若い教員には経験して欲しい要素がたくさんあります。忙しいからできないのではなく、忙しいけどやってみると言う姿勢が必要だと思います。結果として、自分自身の仕事の許容量を増やすことにもなります。そして「生徒とともに学ぶ」教員としての自分の成長に気づくことをぜひ体験していただきたいと思います。