ASEPにおけるコンフリクトの解決スタイル

関西大学 吉田信介

syoshida@kansai-u.ac.jp

1.    ASEP効果

ひとことで言うと実践による学びの奥深さであろう。このことは、ネイティブ・アメリカンが遙か昔に気づいており、次のような諺として先祖代々語り継がれている:

“Tell me and I shall forget, Show me and I may not understand,

Involve me and I shall always remember.” (Native American Saying)

このように人は学ぶ際、見たり聞いたりするだけでは身につかず、人々と関わり合いを持ちながら、一つの目標に向かうことで、より深く学ぶことを体験を通して学んできた。

この学習スタイルは人間の認知処理過程にかなっており、我がASEPにおいても、言語、価値観、文化、習慣が異なる人間同士が、国内の教室ではできない体験をすることで、真の語学力、表現力、交渉力、異文化理解力、プレゼン力、人間力を習得することができるようになる。

 

2.    ASEP2010から見えること

参加学生の言葉によると「英語を外国語として使う人同士のコミュニケーションには必ず衝突や不完全な意思の疎通」があるため、「自分たちはこういう風にプレゼンを作りたいと説明する交渉力」や、「自分が主張したいことに説得力を持たせるためのコミュニケーション能力が必要であることに気づく」という「ASEP効果」が見られたことに加えて、リピーターから「Presenterの経験者として、Coordinatorがプレゼン内容についてもう少し踏み込んだ意見を与えてあげられたら良かった」との指摘があったことである。このことは、意見や価値観の対立からコンフリクトが発生して、それを解決するために両グループが苦心しており、そのことをリピーターが歯がゆい思いで見守っている状況を示している。

キーワードは交渉力、説得力、Coordinatorであるが、ここで交渉とは「利害の葛藤を伴う個人ないし集団の代表の間で、一定の合意を達成するために直接行う話合いの過程」と定義され、そのプロセスと関連する要因について図1に示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図1:交渉のプロセスと関連する要因

3.    テキスト ボックス: 高いコンフリクト解決に向けて

テキスト ボックス: 自分の要求に合させようとする動機テキスト ボックス: 高いASEPの場合、言葉、国境、時間という制約があり、現地到着後も発表前日まで内容についての検討を行うことが多い。そのため準備の進度も異なることから、片方のグループの主張を優先させることで勝ち負けのような状況が生じる「ウィン・ルーズ(対決・宥和)」、もしくは、差異分を痛み分けとすることによる「妥協」の産物の列挙によるプレゼンテーションになる可能性がある。そして、両者がどちらも自分にとって好ましい結果を主張仕切れず、妥協する気もない場合、関係者全員の関係が悪化する可能性もある(回避)。

一方、「ウィン・ウィン」を導く「協同 (collaboration)」という新たな交渉次元を創出することができれば、両者が満足できるプレゼンテーションを生み出すことができる(図2参照)。

そこで、ASEP経験者やグループ内のボランティアが、自国または現地でのファシリテーターとしてサポートに入り、自らの経験を活用してグループ同士の交渉がスムーズに行われるように誘導することで、国際交流による新たな学習環境を生み出す可能性を探ってみる。

 

4.    ファシリテーターの必要性

両グループが互いの言動に敏感に反応し合っている場合には、コンフリクトの悪循環と拡大が起こりやすく、最終意思決定結果としてのプレゼンテーションにまでなかなか到達できないことが多い。そのため、そこに第三者としてのファシリテーターを導入することができれば、グループ間のメッセージや態度を和らげて伝達し、内省的役割を担った介入により、コンフリクトの悪循環を防ぐことで、コンフリクトの構造変化やコミュニケーションの方法を改善させることができる。ASEPの場合、ファシリテーター役は、リピーター(上級生)、両グループから選出された者(中立の立場をとる)、上級学校(例:大学生が中学生グループのファシリテーター役をつとめる等)でも良いと思われる。教員の場合、パワーが強いので、過度に介入しないことに注意すれば、強力なファシリテーターとなるであろう。 

 

5.    ファシリテーションで用いられる道具(英語表現)

ファシリテーションで必要な英語表現力は、1)グループの発言を別の表現で簡潔に言い換える力 (paraphrasing)、2)いくつかの論点をまとめてタイミング良く要約し、表現する力 (summarizing)、そして、3)それまでの議論の流れを新たな視点で再構成する (reframing)ことにより、まとめていく力である。そのための具体的手法を以下に示す。

1)        paraphrasing

非常に有効な手法で、これでグループが互いの主張をより深く理解でき、それによる議論の深化がもたらされ、両者の発言の緩衝 (buffer)や言語の浄化 (launder)も行うことができる。

<表現例>“You feel that…”; “The way you see it is…”; “So your understanding is that…”; “The way you see it then…”; “If I understand you correctly, your perspective is that…”

<留意点>グループの発言より長くてはいけないこと、グループの発言の繰り返しではなく、客観的に意図を伝えること、決して価値判断しない代わりに、十分感情移入 (empathetically) して、自分の言葉で言い換えることがあげられる。

2)        summarizing

paraphrasingと類似しているが、それまでにグループが主張してきたいくつかの論点を整理・列挙して双方の立場をより明確に示すこと、また、常に問題点の整理に努め、議論の焦点がずれないようにすること、さらに、両グループの主張の共通点(commonality)を指摘して、場の雰囲気の改善を行うことが重要である。

<表現例>“It sounds as if one of the things that both sides agree on is…”; “From what you have both just said, it sounds like you agree that…”; “Would you find it useful to talk about this and get some ideas from both groups about what could be done to reach an agreement?”

3)        reframing

グループの主張を再構成することで、新しい見方(dimensions)をもたらす。そしてそれに伴う解決策をグループ自身に自己発見させるようにする。

<表現例>両グループの発言に続いて、ファシリテーターは、

It seems that both organizations came to this meeting today because you want to try and solve this problem. From what you have both just said, it sounds like you agree that it would be a good idea to establish a regular forum for field workers from the two organizations to meet and coordinate their work. What would it take to make something like that successful?

と述べている。下線部分が再構成(問題解決のために集まった)をへて、新しい見方(定期的に集まって話し合う)を提供し、自己解決策(会合の成功)を考えるように質問をなげかけている。(下線部の表現)

 

6.    ファシリテーションで用いられる手法

さらに、ファシリテーターの重要な役割として、グループの態度変容 (transformation)を促すための手法を熟知し、それらを実践することがある。ここに代表的なものを列挙する。

1)    Samoan Circle:両グループが一緒になってsemi-circleを作り、周辺に聴衆がcircleを作って議論の過程を見守るという手法である。このようなopen fishbowl(公開金魚鉢)の中で行われることのメリットとして、極端な方向へ議論が流れるのを防ぎ、鋭い対立が起きないことがあげられる。これはASEPにおいて、例えば大学生同士の議論を中学生が見守ることにより、英語表現や議論の展開手法を習得して行くことにつながり、文字通り正統的周辺参加が実践されることになる。実現すれば正にASEPでのみ実現できる手法である。

2) Interviews両グループ全員が見守る中で、ファシリテーターが各参加者に個人的なインタヴューを行うもので、くだけた会話表現とparaphrasingを駆使して行う。このことが、グループ間の緊張をほぐし、協同で一つの方向に向かわせる動機付けとなる。これはASEPならではの発見ができる場であり、同じ人間同士であるが、考えていることは実に多様であることを認識させ、言語と文化を越えたコミュニケーションの面白さと難しさを身近に体感することができる。

<表現例> “Tell me a little about yourself.” ; “How‘s your family?”; “What do you like about this community?”; “What‘s new in your life?”; “How do you personally view these issues?”; “Tell me what‘s been happening here from your own perspective.”; “What are your major concerns here?”; “Explain that a little further…”; “Give me some background to understand why this event means so much to you…”

 

7.    ファシリテーターによる意思決定過程デザイン

 スムーズな意思決定を行うためには、優れた決定過程のデザインを行う必要がある。そのためには、意思決定過程において人間は「何を(What)」よりも「いかに(How)」について敏感であることに留意して、次の事項について事前に両グループに提案することで、誤解や不満のない意思決定を導くことができる。

1)           タイムラインによる時期と項目の列挙

2)           連絡先手段、方法、頻度、内容の明示

3)           準備時期・プレゼンテーション・事後報告の役割分担と内容

4)           各段階での意思決定方法

5)           最終意思決定結果としての本番プレゼンテーションの内容の決定方法

 

8.    おわりに

重要なことは、ファシリテーターが両グループへ向けて、アイデアの要約、意見、提案、感情(公正に手続きが進められているか、次のステップを把握しているかの確認)というフィードバック(report-backs)を常に行うことである。一方、避けるべきことは拙速に物事を決めることによる不満であり、せっかくの国際交流が国際紛争にならないためにも、十分な時間的余裕をもって、事前交流、現地交流と国際協同プレゼンテーション、事後交流を企画運営していくことであると思われる。その結果、ASEP「で」ではなく「でしか」できない学習環境(国際ファシリテーターのスキル育成など)を創出して、それを後輩へ繋いで行くことにより、「人びとが、国や民族を越えて異なった文化や思想を理解し、相互に認め尊重し、協力しあうような、共に生きる平和な地球社会(UNESCO憲章)」を作ることができれば至上の喜びである。

 

参考文献

相川、他 (2010) 『コミュニケーションと対人関係』東京、誠信書房

Kraybill, R. (2000) Facilitation skills for interpersonal transformation, Berghof R. C.

Ramsbotham, O. (2005) Contemporary conflict resolution, Polity Press Ltd., Cambridge.