ASEPが示すコラボレーション力

福井県立若狭高校

岩本 守聰

1.はじめに

 今年で第11回となるこの国際交流活動ASEPに参加させていただき、初回から携わっておられる方々のお話を伺う度に、我々はそのようなパイオニアの方々の恩恵を受け、この素晴らしい経験をさせていただいていることに改めて気付く。一つのプレゼンテーション(以下プレゼン)を他校と協働で完成させ発表するということは、口で言うのは簡単だが、見えない部分での苦労は非常に多い。しかしがんばっただけの感動を味わえ、交流が深まるのもこの活動の大きな魅力だ。プレゼンの準備期間中はつい目の前の成功のみに意識を傾けてしまうのだが、大会が終わりを迎える頃には築き上げてきたものの大きさに気付くことができる。今回、三民高校と本校はプラチナ賞をいただいた。その足跡を振り返りながら、このコラボレーションの意義をもう一度検証し、この活動が生徒を含めた参加者全体に与える効果について考えてみたい。

 

2.日本人参加者による夕食会(決起大会)

 日本人参加者のみで台湾入国初日に行った夕食会では、ASEP発起人の一人である影戸先生からこの国際交流活動の意義についてのお話があった。自分たちにとっては当たり前の事がこの国では通用しないという現実の中で、協働作業をしていくこと、文化交流をしていくことの大切さが具体的に語られ、これからの日本人が国際人として身につけていくべき力の方向性を示していただいた。生徒たちは全員別々のテーブルに座り、日本各地から来た参加者との交流を楽しんでいた。他国生との交流活動の幕開けにふさわしい会だった。

 

3.ICT(情報通信技術)を用いての事前交流

 我々が台湾に来る1ヶ月以上前から、本校と三民高校の交流は始まっている。10月中旬から教員間のメールのやりとりが始まり、参加生徒の情報を共有したりスケジュールの調整を行ったりする。そして生徒は11月半ば、スカイプによる自己紹介から始まる。お互い顔見知りでスタートできることは今の時代ならではのことであるが、この意義は大きい。文字上での交流を一気にリアルな、現実味のあるものにしてくれるからだ。その後も週1回ペースでお互いに都合をつけ、スカイプ会議を行ってきた。

 最初のスカイプ会議の後、やはり話題がプレゼン原稿の深い内容に移ってくると、とてもスカイプでは対応できない。教員を含めたメンバー全員のメーリングリスト(以下ML)がその後大きな役割を果たしてくれる。ML作成前は個人メールで数人に送っていた内容が、MLにより全員に送られ情報を共有できることは、非常に手間が省け、メンバー全員のモチベーションアップにもつながる。MLも最初は簡単な自己紹介から始まるのだが、その内容は短期間でどんどん成長していく。

最初MLへの投稿は生徒にとっては使い慣れず、気恥ずかしいものなので、全員で考えた内容を順番制で担当者が英文に直し、その英文を教員がチェック後送るというシステムをとったが、時間の無い時などはノーチェックで送り、かえって混乱したことも多少あった。しかしそれも生徒にとってはよい経験で、正確な英語を学ぶことの重要性をひしひしと感じていたように思う。週に会議を2回、スカイプを1回のペースで行ったが、教員が都合でつけないときも2年のリーダーを中心に1年4人の計5名でよく話し合っていた。大まかにある程度の方向性をリーダーと教員間で話し合っておくと、それに対する他の生徒の意見も出やすく、いろんなアイデアが出ても取り入れていきやすいのだということがわかった。

これ以外にも、各ホームステイの情報などは生徒個人の持つFacebookにも助けられた。このような外部ツールによる個人的なつながりの親密さも、協働作業において最終的にコンフリクト(衝突)を乗り越えていくための大きな要素の一つになるのだろう。

 

4.ICTを活用することの意義

 ICTを用いて事前準備をしていくことにより、たった5日間の台湾高雄滞在が非常に質の高い、密度の濃いものになることが実感である。事前にある程度の交流をすでに持ち、MLでの意見交換の段階でいくつかのフリクション(摩擦)を味わい、そこを相手の意見を尊重しながら乗り越えるよう指導しておくことができることは、台湾に来てからの交流活動をより有意義で楽しいものにしてくれる。実際、ML上では難しいことを言っていても、最終的にはなるべく我々の意見を取り入れようとしてくれる三民の生徒の姿勢に対し、徐々に彼らへの共感が生まれるという経験は、コラボレーションならではのことだ。こちらの主張や意見に対し、相手が共感的な主張で返してくるためには、やはり指導する教員の「相手の意見を尊重しながら主張をする」という姿勢に基づくものであることは間違いない。そういう意味でも、三民高校の指導教員であるジル先生には大変お世話になったと感じている。

 

写真1:準備中の交流

写真2:リハーサル

写真3:三民高校にて

 

5.コラボレーションの実況

(1)1日目の活動

 協働でプレゼンの練習に打ち込んだ時間は、実質2日半であった。台湾に到着した翌日、コラボ1日目は朝からすぐに準備に入った。指導教員として三民からはジル先生、若狭からは門前先生と私の計3名だった。まずはそれぞれの生徒の担当を決め、グループを組んでの発表練習に入った。この時点ではコンクルージョン(結論)はまだ固まっていなかった。ジル先生はもうスクリプト(台本)がほぼできているイントロ、ドラマ1チームを実際に前で発表させながら、プレゼン練習に入ってくれていた。門前先生はそれを見ながらの若狭の生徒の発音指導等のケアを図ってくれていた。私はまずバラバラだった各スクリプト(アンケート分析、ドラマ2等)を1つにつなぐための方法をリーダーやジル先生と相談し再構築しながら、各パートにつながりを持たせるスクリプトを考案した。その時点で変更したセリフ、カットされた箇所も多い。スクリプト案が完成したら実際に生徒に前で実演させ、そのパートの目標時間を大幅にオーバーしたら、お互いの了承のもと内容を削らざるを得ない判断を下していた。特に削りやすかったのはアンケート分析で、当初11項目あった質問が、最終的には5項目の使用となった。

 プレゼンの流れも決まり一段落してきたら、その日の午後にはいよいよコンクルージョンを考えるべき時が来た。生徒は自分のパートの暗記と発音練習に入っていた。リーダーとジル先生と私で本プレゼンのコンクルージョンをどうするか、お互いの意見を持ち寄って話し合った。若狭側の提示した3つの結論のうち、1つはプレゼン内容に合わず却下することになり、三民側の提示した2つの結論のうち、1つは項目が多すぎるため却下となった。そして残った3つの結論をどう連結して観客に提示するかを話し合った。

 詳しく述べると、1つ目の結論:Let’s become a master of appreciation. は短縮して Master appreciation となり、2つ目の結論:Let’s make the atmosphere around us good by showing our small consideration. は同じく短縮して Begin from small consideration となり、最後の決め台詞であるMake a Better World”の頭文字となった。3つめ結論の”WORLD”は、Let’s use Words Of Respect Leading to a Decent society に決定した。そしていよいよコンクルージョンの配役決めと効果的な提案方法の模索に入った。配役と提案方法が決まると、立ち位置やフォーメーション、そして必要な道具等の調達を考えた。1日目でかなりプレゼンの内容が明確になり、生徒も台本を持ち帰って自分の担当箇所の練習ができる運びとなった。

 

(2)2日目の活動

 2日目は日曜日ということもあり、午後からホストファミリーとの交流の時間が設けられていたので、午前中のみの練習予定が組まれていた。一度通してやってみると、13分以上かかり再びアンケート分析を削ることを余儀なくされた。しかし何回目かの練習で11分を切れると、生徒たちもいくらか安心し、スピードよりもきちんとした丁寧な発音、ゼスチュア、伝えようとする気持ちの大切さの方に意識が向いてくれるようになる。

 この日、プレゼン指導はジル先生、発音指導は門前先生、私はPowerPoint(以下PPT)作成補助と、教員間でも自然に役割が分担され上手く機能していたように思う。セリフをもう覚えてしまった生徒は、空いている時間を使ってコンクルージョンで用いる小道具を作成してくれていた。しかし結局リハーサルをもう一回、もう一回と繰り返し、練習が終わったのはPM3:00となり、予定時間のPM1:00を大幅に越え、ホストファミリーに迷惑をかけてしまった。

 この日の午後は我々もジル先生に接待していただき、高雄市内を観光した。85階のビルの最上階に連れて行ってもらったり、高雄最大の夜市に行ったりして台湾の文化や風土を楽しんだ。本当にお世話になった。

 

(3)3日目の活動

 3日目、練習最後の日は、途中プレスカンファレンスがあったが、それまでの午前中に2度本番の舞台でのリハーサルを行った。立ち位置や声の大きさ、マイクの受け渡しやゼスチュアにまだまだ課題があることが明らかになった。その時に撮ったビデオをカンファレンス後に全員で見て、立ち位置やPPTの構成の再調整を行った。また、スピードを意識して早口になることの指導はある程度終わっていたのだが、今度は発音を気にしすぎてセリフが出てこないという問題が発生してきた。優先順位としては、まず第一にセリフをしっかり覚えること、第2に発音をクリアにすることという位置付けをし、記憶と制限時間が最優先であることを確認した。その上で、時間に余裕が出てきた次の段階ではいかに聴衆に訴えるかに重点を置き、発音や声の抑揚の細かい間違いの言い直し指導や、早すぎる読みのスピード調整、また効果的なゼスチュアの考案などを指導した。

セリフはただ読むだけではなく、言葉が持つ内容を自分の中に落とし込めるようになって初めて言葉に説得力が備わる。簡単な身振りを取り入れるよう指導することで、生徒たちは自分の言葉を表現するゼスチュアを、ああでもないこうでもないと考えた。その過程こそ、言葉を自分の中に落とし込むために必要な作業であると考える。しかしゼスチュアを必要としないセリフもあることは、生徒にも伝えておくべきであろう。このようにして、最終日の練習は教員が晩餐会でいなくなった後も行われ、結局終了したのはPM7:00頃だったと聞いている。

 

(4)ASEP大会当日

 4日目の本番では、少々セリフが詰まったり言い間違いがあったりしたものの、時間的にもほとんど練習通りの出来だった。コンクルージョンのPPTは生徒が全員前に立つことを想定し、スクリーンの中央より上にキーワードを表示したので、スクリーン下は生徒を照らすためのライトの役割を果たしてくれた。大きなミスもなく終了できたので、ジル先生と門前先生とともに成功を喜び合った。

 プレゼンの方法としては、高校生チームと大学生チームではタイプが違っていたが、それぞれ良い所があるので勉強になった。まずは国際交流を楽しもうという観点から来る高校的なプレゼンと、いかにコンセプトを分析し掘り下げながら、具体的な提言をしていくかに主眼を置く大学的なプレゼンが異なってくるのは当然だ。しかしお互いがお互いのプレゼンを見ることで、高校生は大学生が実社会を見据えての意義をASEPに求めていることを感じ、大学生は楽しそうにコラボしている高校生の姿を見て国際交流の原点の気持ちを思い出すことができるのではないだろうか。そういった観点から見ても、このプロジェクトは国際的な同世代のヨコのつながりと、中高大連携としてのタテのつながりを内包した、非常に大きな可能性を秘めている活動であると言えるであろう。

 

(5)フェアウェルパーティー(歓送会)

 ASEP終了後、生徒たちにとって最もインパクトが強い活動がこのパーティーであろう。ASEP表彰式の後、その評価もさることながら、お互いを称え合いここで出会えたことを喜び合うように、このパーティーは催される。そこにはもうチームや学校の枠を越えて、一つになったASEP参加者たちの姿がある。生徒たちがもう一度ASEPに参加したいという大きな理由の一つに、このパーティーの存在もあるのかもしれない。すべてを受け入れ盛り上げてくれるホスト校の三民高校と、出演者、関係者の皆さまに、ただただ感謝の一言である。各催しの要所要所に三民の生徒たちの陰があった。この素晴らしい大会を成功させるのは本当に大変だったであろうと、この大会に参加することができて幸せを感じると共に、台湾高雄市の皆さんからいただいたホスピタリティに、今度はWYMで精一杯報いようとしみじみ思った大会だった。

 

(6)帰りの空港にて

 空港での最後はやはり涙なみだのお別れだった。共にハグし合い、再会を誓い合う姿は何度見てもいいものだ。実質4日間という短い間の交流だったが、その質の高さと密度の濃さには毎回驚かされる。また来年につながる心と心の交流の原点が感じられた瞬間だった。

 

写真4:ASEPを終えて

写真5:セーター贈呈

写真6:帰りの空港にて

 

6.まとめ

 ASEP(Asian Student Exchange Program)の主催は台湾高雄市教育局である。その姉妹プログラムであるWYM(World Youth Meeting)も、文部科学省の後援を受けている。政府高官の方々も招かれての両大会である。ではなぜこのプロジェクトが各国の政府から支援されるのか。

私は高校で教鞭をとりながら、ふと疑問に思うことがある。それは、私のこの受験英語の授業は、生徒たちの心にどのくらい残るのだろうか、ということだ。何よりもまず英語で楽しく話せるようになるために始めた勉強が、いつの間にか受験のための道具の一つとなってしまっている現状に、微かに戸惑いを感じながらの日々である。だからといって、その受験指導が不必要であるということは今の時代的には決してない。しかし、英語を本来の道具として、世界を一つにつなげていくための道具として使えるこのような企画は、決してなくしてはならない、これからの世界教育の方向を示してくれるものだと思っている。この両プロジェクトの中核にあるテーマは、世界平和であり、国際貢献である。そして、各チームのプレゼンでもよく使われるフレーズに、地球は一つである、というものがあるが、これから本当に世界が一つになる時代がやってくる。私たちはそんな次世代を担う若き勇者たちに、何を学んでもらい世に送り出すことができるか。そんなことを、どの国の方々も、政府の方々も含めて、考えていこうとしているんだ、そんな純粋な気持ちが伝わってくる企画なのである。

日本では年末、忙しない時期に出国し、正月直前に帰ってくる。家庭でのコラボレーションも大変だ。そしてそれを乗り越えてこそ、三民高校とのコラボレーションが可能になる。また今回は三民の生徒9名と、若狭の生徒5名のチームという、まだまだコラボレーション規模は小さいものだが、それでもお互いにわかり合えるまでに大変な時間と経験が必要になる。そしてそんな経験を積んだ若者の数は、過去のASEP参加者を合わせると総勢数千名に上る。それでも世界から見ればごく少数であるが、その少数が大きな時代のうねりの中で、コラボレーション力というスキルを持って、新たな時代の活路を見出してくれることは十分あり得る話であろう。ここで学んだスキルと経験を、これからの生徒たちにも伝え導いていくことが、その恩恵に報いることだと思っている。