ASEP現地レポート −「バーようこう」の記録から−

(株)内田洋行・業務統括部

市村 信昭

 

はじめに

 国内の発着地は勿論、現地でも参加各校は相手交流校ごとに活動するので一同に会すのはプレゼン本番日くらいである。そのため、いつの頃かサポートメンバーとして参加している私のホテルの部屋に夜な夜な先生方が集まり、その日の出来事や印象、明日の予定確認から日頃の指導のアドバイスまで、小から大までの教員が入り混じってさまざまな情報共有・交換をするようになった。そして、この集まりは誰ともなく「バーようこう」と呼ぶようになった。これはその日一日を終えたメンバーの記録である。

 

2日目のレポートから

ASEP2日目は愛河周辺のサイクリングから始まりました。実はこの日は記者会見や国際教師フォーラムとオフィシャルの行事があって、「えっ!スーツでサイクリング!」と若干戸惑いがありました。

参加各国の先生と台湾の先生も加わり総勢20名くらいで用意されたおそろいのASEPジャンパーを着て港の引き込み線廃線跡に作られたサイクリングロードへと乗り入れました。

進むにつれて「これっていいんじゃない」と言う感想があちこちから聞こえてきました。途中、昔ながらの市場にある朝食屋で台湾の典型的な朝食である、ニラまんじゅう・豆乳またはお米のジュース・揚げパンをご馳走になりました。

レンタルサイクルの返却時には、参加各先生の感想は「サイクリングって結構いいねぇ」という感想に変わっていました。

その後は幹事校のセントポール高校に移動して記者会見とフォーラム。あの中山大のナンシン・チェン教授が参加されていて相変わらず熱いトークをされました。このチェン先生と影戸先生が1997年にクワラルンプールで開催されたインターネットの教育利用国際会議で会われて、国際交流はバーチャルとリアルの体験の繰り返しを通じて実践されると言うお互いの同じコンセプトからの協力と共感がこのASEPWYMに引き継がれています。そして10年を迎えました。チェン先生は教育のキーポイントは「参加」と「機会」とお話されました。

夜は教委主催の公式歓迎会。次から次へと出される料理を満喫しながら旧知の先生に挨拶したりと、和気藹々とした雰囲気の中での開催でした。

今晩も相変わらず「バーようこう」の開店で、今晩到着された先生も交えて愉快なひと時を過ごしました。明日は各交流校でプレゼンの最終完成です。

 

4日目のレポートから

もう何十日も高雄で過ごしている感覚になるほど盛りだくさんのイベントと体験をして、今日は本番のプレゼン発表の日です。会場は国立科学工芸博物館の別棟の会場。約400人収容の立派なホールです。司会の現地高校生の機転のきいた進行が印象に残りました。プレゼンの評価については昨年同様、プロフェッショナルである先生方に譲るとしましょう。

25日関空出発の日、ご両親に見送られた女子中学生。上手く発表できていたグループの後半に登場して彼女だけ最後に少しつまってしまいました。

発表終了後のステージ裏で泣きながらよしよしと慰められている声が一瞬PAに流れました。袖カーテン越しにも垣間見えました。何度となくこのASEPやWYMで目にしてきた光景です。でも、私にはどうすることもできません。結果を受け止めて自ら次につなげていくしかないはずです。

そして結果発表。見事受賞しました。受賞でステージに上がった彼女はまた泣いていました。制服の長めの袖で何度も、何度も、涙を拭いながら泣いていました。

フェアウェルパーティーは会場の中庭に特設ステージを設けて、スモークあり、ファイヤーありの盛大な野外パーティーでした。おなじみ三民のファッションショーを皮切りにのっけから盛り上がらざるを得ません。高雄商業の台湾先住民族の衣装での歌と踊りがはじまると、その以外に軽快でダンサブルなリズムに会場もいくつもの踊りの輪ができてクライマックスに達しました。乗せ上手のオレンジ色のシャツを着たASEPのOG/OB学生スタッフの見事な進行のおかげです。こうして繋がっている。

そしてASEPの公式行事は終っていきました。明日以降からはそれぞれが帰途につきます。

あの悔し涙と嬉し涙の両方を一度に味わった女子中学生は、初参加のASEPの自分の体験と思い出を、関空に出迎えるはずの両親にどのように話すのでしょうか。

 

つづく