学力格差と学力低下

ASEPから学ぶ〜

        

 

    立命館中学校高等学校 正頭 英和

       

 

序論

日本の教育は、格差教育社会と呼ばれることがしばしばある。成績がどんどん伸びる生徒、成績が思ったように成長せず、途中で挫折する生徒。その差が広がりの一途をたどっているという見解。先日行われたPISAでは、日本の「科学的思考力」「読解力」「数学力」が前回の調査から格段に下がったことが報告された。この結果から、日本の「学力」は低下気味にあることが伺える。

なぜ、このような現象が起きてしまったのだろうか。日本の教員の質の問題もあるが、ICTの利用・各研修会の充実・大学の教科教育の進歩、インターネットを使った情報交換や、ネットワークの拡大。これまでのところ、教員の質の低下を防ぐ策は十分に講じられていると考えられる。当然のことながら、生徒・学生の質の低下の理由は、教員の教育の失策によるものと考えられるので、このことは議論の対象にならない。では、目の前に起こっている「教育格差」と「学力低下」の根底に流れる原因は何であるか。その模索と、解決法の提示をASEP参加者の英語教師としての視点から論じたい。

 

教育現場のジレンマ

いかにして教育格差を避けるか、という議題はここで論ずるにはあまりにも大きいテーマである。しかし、現場教員が行っている方策には一石を投じたい。教師とは「熱い」人が多いためか、我々の眼にとまる生徒は、いわゆる「出来の悪い生徒」(slow learner)であることが多い。彼(女)の成績を気にし、彼(女)のために時間を惜しみなく使う。もちろん、これが教育の醍醐味であり、また彼(女)らの成長に全力を注ぐことは間違った方策ではない。しかし、実際の現場では、いわゆる「出来のいい生徒」(fast learner)へ使う時間が極端に少ないように思われる。確かにそういった生徒たちは、授業内で与えられたことを丁寧にするし、授業外でも自学を行っている。しかし、そういったことに満足して、教師は彼らを授業内の態度とテストの点で判断するようになってはいないだろうか。出来る生徒とはいえ、所詮は中・高校生。彼らは見てほしいのである。自分の努力や方向性に不安を感じながら生きている生徒たちも少なくない。もっといろいろなことを聞きたいし、聞いてほしいのである。ここで教員は1対1でいろんな指導をするべきである。今の彼らは、「先生は相手してくれない」と思っているのである。こんな状態が続いては彼らの「心」は乾いてしまう。学力は伸びても、心が育たない。

我々教員は、本来ならば、こういった生徒たちに時間を割くべきである。なぜならば、fast learnerの生徒たちの何人かは、この国を動かす重要なポジションにつくからである。そんな重要なポジションにつく彼らの心が育っていないとなると、大問題だ。

しかし、我々がslow learnerの生徒たちに時間を割く必要があるのも事実である。このジレンマの中に多くの教員が立たされている。急務である。

 

学力低下の理由

日本という国においての学力低下の理由はいくつも考えられるが、PISAの結果から考察される理由は、創造性(creativity)の低下であると考えられる。日本という国は他の国が考えつかないような細かい点に気づき、作る技術があった。事実、携帯電話のマナーモードのバイブレーションの小さな機械を作っているのは、日本の田舎の企業である。我々が生徒に教えたい学力は、こういったことに気付ける視点や、与えられた資源の中で様々なものを創るということである。英語教育という点において言えば、創造力を削ぐような問題のテストが増えた。

 

ASEPができる役割 〜チャレンジと創造性の育成〜

先に述べた、ジレンマの問題は「学校現場」においての解決はほぼ不可能である。習熟度別の授業を展開している学校も多いが、成功例を知らない。しかし、現場で無理なら、現場から出してしまえばいいのである。Fast learnerたちには、とにかく外の空気を吸わせるがいい。とくに世界がいい。日本に留まらず、外国の取り組みに参加させたり、生徒と交流させたりするのがいい。彼らはそこで、大きなものを学び、己の目標を見つけ、日本で再び努力する。彼らの心は刺激に満たされ、潤い始める。そういった手続きをほんの少し手伝うだけで、教師は感謝され、生徒との人間関係を築ける。Fast learnerたちが成長の軌道に乗ったときに、教員はゆっくりと他の生徒に時間をかけることができる。しかし、このようなプログラムは多く存在するわけではない。そのような点でASEPの果たす役割は、教育を活性化しうるものだと考えられる。

  創造性の育成という視点においては、ASEPのプログラム内容がものをいう。ASEPの活動のメインとなるものは、与えられたテーマの中で、ホスト校とゲスト校が協同作業を行い、プレゼンテーションを作成するというものである。ここで、各学校の創造性が発揮される。プレゼンテーションの内容に凝る学校、デリバリーに凝る学校、オーディエンスの引きつけに凝る学校など、様々でおもしろい。作成段階から過程を見るとさらにおもしろい。彼らの学習という点に関していえば、本番の発表よりも、事前のコラボレーションの段階の方が学ぶことが多いだろう。ASEPにおける彼らの活躍や創造力を見ていると、日本で行われている教育に対して、罪の意識さえ感じる。彼らの創造力を発揮する見事なプログラムだと思う。

 

結論

誰しもが参加できる取り組みではない。しかし、このASEPの取り組みから学ぶことは多い。大きな一つのTASKであり、Fast learnerたちを育成するチャンスになりえるものである。次世代を担う中・高校生を育てる我々の責任は大きい。格差問題や学力低下など問題は山のようにあるが、我々の責任は変わらない。ASEPの中に見た、これらの解決策の提示が、悩める現場教員の一助になれば幸いである。

 

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